官能の起源。男女の溝を埋めるなら、まず自分に触れる 作家・冲方丁×デザイナー高崎聖渚対談

個人の喜びや快感を選択するのが苦手な日本人。自分の価値観と向き合う方法とは?
Seina Takai, To Ubukata, XY
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「マルドゥック・スクランブル」「天地明察」などで知られる作家・冲方丁氏の初官能小説「破蕾(はらい)」。本書とコラボレーションしたランジェリーメーカー「アルバージェ」デザイナー高崎氏との対談前編では、官能小説を書いた理由や官能感について話を聞いた。

「破蕾」では、江戸を生きる3人の女性が「性」に目覚め、色濃く「生」を全うする姿が描かれている。

個人の喜びや快感を選択するのが苦手な日本人。自身と向き合うにはどうすればいいのか? 後編では、小説と下着を通じて伝える現代人へのメッセージを聞いた。

 性が数字になる時代

ーーー前編で、日本人は自分の感覚で選択をするのが下手だというお話がありました。それは性に関してもだと思いますが、昔からなのでしょうか?

高崎: 私は12、13歳頃に江戸やフランスの性風俗を調べていたんです。性に対して人間が持っている根源的な欲求が面白かった。

今では性風俗は忌まわしいと言われていますが、花魁の世界には文化や情緒もありました。何より当時の日本人は性に対してひたむきに向き合っていた。その感覚を、もう一度味わってみたいと思ったんです。

ただ、今の日本では、AVの影響もあるのか、秘めていた性が解放される体験や本当の意味での性の喜びや深みを感じることって難しいように思います。

冲方:あとは、日本に限らず、性が売買の対象になっている影響もありますよね。「性」でいくら儲けたかという金銭的な価値観に置き換えられると個人的な喜びは遠のきます。

若い子の援助交際もそう。金銭に置き換えるかは個人の自由ですが、金銭に置き換えたときに失われるものを誰かがちゃんと教えてあげる必要がある。

数字にすると、数字の価値観になる。数字の価値観は無限です。どこまで稼げば私は一人前なのかときりがない。そして、今はその数字を他人と比較できてしまう時代ですからね。

そういう意味では、江戸の花魁は金額差はあっても金額は一定じゃなかった。女性がダメだと言えば、いくらお金を積まれても突き返せた。

高崎:今はお店ごとに一律が多いですよね。

冲方:そうなると自分の性そのものがパッケージ商品になる。官能小説を書かなかった理由がそこにもあって、性が一律で金銭的なものに置き換えられてしまうことが嫌だったんです。

金銭や数字に置き換えてしまうと、個人の情熱や喜びが得られない。ただ消耗するだけになります。

高崎:今は、生きるという意味も含めた性に対する捉え方がずれているんですよね。自分に誇りをもって生きる人が一人でも増えれば、変な社会の歪みや、男対女のような構図もなくなるんじゃないかなと。

恋人とのセックスを本当に楽しむでもいいんです。素晴らしいセックスって、互いの気遣いと情緒が大事で、コミュニケーションですよね。

冲方:そうなんですよね。お互いの肉体的コミュニケーションだから、対等な関係じゃないと成り立たない。

Seina Takai, To Ubukata, XY撮影:常盤武彦

社会から離れ、戸惑いを肯定する

ーーー自分で選択するためには、自分の喜びや快感に向き合う必要がある。でも、その方法がわからない人も多いのでは。

冲方:個人の喜びを追求する際に、一番やらなければいけないのは、社会的な経験から遠ざかることです。自分の経験に立ち返るんです。特に官能においては自分の肉体に立ち返り、そこから自分の精神をもう一度生み直す過程です。

社会の言うことを聞いていた自分を1度捨て、素の自分、自分の五感に立ち返ってみることが必要です。

今回の小説では、近づく描写の距離感を、聴覚、視覚、嗅覚、触覚、味覚で表現しています。遠くから音が聞こえ、目の前にソレが現れ、ふといい香りがして、ソレに触れられ、そしてソレが体内に入ってくる。

人間の感覚を掻立てる描写を心掛けたんですが、高崎さんが話していた下着の皮膚感覚も意識しました。以前に下着はもう一つの肌だとおっしゃっていましたよね?

高崎:はい。セカンドスキンだと思っています。

冲方:自分の肌身を意識して、肌身を基準に考えると、社会は遠いし自分の一部じゃない。

自分の感覚に立ち返れば、嗅覚でいい香りを感じ、相手の熱を感じる。熱は、皮膚感覚と嗅覚の狭間ぐらいにあって、皮膚感覚と味覚の狭間にあるのが喉の渇きとか。

緊張で喉が渇き、欲望がこみ上げて息がつまる。そういう自分の肉体的な反応と、それに戸惑いつつもそれに従う自分がいたりする。

戸惑うということは「NO」じゃないんです。「NO」のはずなのに「YES」で戸惑う。「NO」だと言っているのは社会で、「YES」と言っているのは自分。高崎さんたちの下着は、その戸惑いを「YES」側へ持っていこうしている。

高崎:伝わっていたようで嬉しいです。YESに近づけることは意識しています。日本の女性に下着で伝えたいんです。

日本女性って固いブラパッドをつけています。それは日本に入ってきた文化がそうだったこともあるので、無理に変える必要はないですが、女性が持っているバストって補正をしなくても、そのままで美しいんです。

個人的に、それを固いもので閉ざしてしまうのは好きじゃない。どのバストも、すごく柔らかくて、温かくて、いい香りがします。ちょっと汗をかいたときの湿度もそう。

だから、アルバージェの下着はちょっと湿り気を感じる素材で、皮膚に近い薄さで作っています。自分で触ったり、相手に触られるときの体温や心地よさを、下着を着ることで体感してもらいたいんです。

Seina Takai, To Ubukata, XY撮影:常盤武彦

守るためじゃない。自分が愛おしくなる下着

冲方:日本において、誰かに触られたら心地いいという感覚を阻害する要因として、痴漢もありますよね。

痴漢は現実逃避です。電車は、これから自分を社会に運ぼうとする乗り物です。そんな社会から逃げたい男性の現実逃避に目の前の女性を巻き込んでいる。ラテンの国なら痴漢じゃなくて声をかけてしまいますよね。

高崎:はい、痴漢じゃなくて口説いてますね。

冲方:でも日本の場合はやってはいけない、口説いてはいけないという意識もあって、それが悪い方に働いている。

高崎:それは本当に多いと思います。日本の女性は、どうしても社会的にちょっと歪んだ性の対象として見られることが多い。コンビニには普通にエロい雑誌が並び、あれを幼少期から見て育つと恐怖心を抱きます。

私もそうでしたが、性を汚らわしいと感じてしまう。大人の女としての性を楽しむまでに時間がかかってしまうんですよね。

冲方:結果的に、男女が嫌な部分を助長しあっている。女性の場合は、男性に対して、嫌なものを受け入れる代償として社会的なステータスを要求したり。そもそも付き合うこと、結婚することはそんなに嫌なことなのか?と。

高崎:日本だと結婚相手の愚痴を聞くことも多いですね。ヨーロッパでは、おじいちゃんやおばあちゃんでもキスをしたり愛を囁き合ったりしている人が多かった。

もちろん国民性もありますが、私は男性と過ごすことに対してネガティブな感情は持ちたくない。その感覚が下着で伝わればいいなと思っています。

男性から身を守るため、何かから身を守るための下着じゃなく、自分の体を愛せるよう、そして誰かから触れられることも愛しいと思えるような下着を作っていきたい。

Seina Takai, To Ubukata, XY撮影:常盤武彦

官能の起源とは?

冲方:あとは一人になれる自分の聖域をつくること。神社に行って一人で過ごすでも良い。日本人にとって一番のタブーは孤立で、一人になることを怖がる。でも一人で過ごす時間をつくってみるだけで変わりますよ。

高崎:冲方さんは、一人の時に何をされるんですか?

冲方:仕事をしています(笑)僕の場合は、一人でやっていることが、いつの間にか社会と繋がってしまう。だから、たまに思いっきり社会を遠ざける必要があって、先日は北極に行きました。みんな一人で来ていましたね。

日本で行き詰まって、ひとり旅に出る人もいる。でも、その前に部屋で一人になってみるといいですよね。

高崎:それだけ日本では一人で何かをするのが苦手で、社会的な視線が気になるということですよね。

冲方:おそらく一人にしてくれる場所もないんでしょうね。だからまずは携帯を切って、下着姿で鏡の前に立ち自分を見る。「あら、私まだいけるじゃない?」それでいいんです。

そして人に触れてもらう前に、まず自分で自分に触れてみる。 それが官能の起源です。自分と向き合うことで見えてくるものがある。自分が自分でいることを楽しんで欲しい

Seina Takai, To Ubukata, XY撮影:常盤武彦

今を生きる女性の選択をそれぞれの手法で後押しする二人。対談を通して、まず自分を知り、五感で感じることが、相手や社会との歪みを無くす近道であると感じた。

平成が終わる今、女性や男性という枠組みではない自分に目覚めはじめた私たちは、どのような時代を選択していくのか。そこにはきっと、社会を纏わない、裸の「私」の姿があるはずだ。

 

・「破蕾

冲方丁、初の江戸官能小説。狂気と艶美の悦びが、許されざる逢瀬に興じる男女の胸を焦がす――。

旗本の屋敷を訪ねたお咲。待ち受けていたのは、ある女に言い渡された「市中引廻し」を身代わりで受けるという恐ろしい話であった。当初は羞恥に苛まれるお咲だったが、徐々に精神の箍が外れていく……。(「咲乱れ引廻しの花道」)夫の殺害を企てるも不首尾に終わり、牢に囚われた女。いかにも嫣然とした高貴な血筋の女。名は、芳乃と言った。「わたくしの香りをお聞きください」芳乃はぽつりぽつりと身の上を話し出す。(「香華灯明、地獄の道連れ」)。
書き下ろし新作『別式女、追腹始末』も収録。

作家:冲方丁
出版社:講談社
発売日:2018年7月31日(火)発売
価格:1,650円(税別)
https://amzn.to/2P6zvb4

・Albâge lingerie

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ランジェリーブランド。欧州のレースやストレッチ素材を使用し、日本人の身体に合った色味やデザインで、センシュアルでコンテンポラリーなデザインが特徴。「LIFE&SEX」をコンセプトに、性差を超えて人間同士の営みを応援する=コミュニケーションの彩りをサポートする。
http://www.albage.jp/