「女性の自己解放と自己表現」作家・冲方丁が官能小説を書いたワケ 

官能とは何なのか?作家の冲方氏とランジェリーデザイナー高崎聖渚氏が語りあった。
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時代小説「天地明察」やSF小説「マルドゥック・スクランブル」を手がけた作家・冲方丁氏の、自身初となる官能小説「破蕾(はらい)」が発売された。本作には、江戸を舞台に3名の女性の生き様が収められている。

そして、本書では初の試みとしてランジェリーブランド「Albâge(アルバージェ)」とコラボレーションし、小説購入者に抽選でランジェリーがプレゼントされるという。

なぜ今、官能小説を手がけたのか?官能とは何なのか?冲方丁氏とアルバージェデザイナー高崎聖渚氏に話を聞いた。

書きたいのは女性の生き方を描いた官能小説

ーーー冲方さんは今回初となる官能小説ですよね?

冲方丁(以下、冲方):はい。今までも官能小説を書かないかというオファーはありましたが、何を書いていいのかわからなかったんですよね。世の中に官能小説は山ほどあるので、今更書く必要がないと思っていました。

でも今回、時代小説を背景にして、女性を描く面白い角度が見つかった。自己解放と自己表現です。今、社会における新しい女性の立ち位置が創られようとしています。だからこそ、今、女性を主人公に性を提案する時代小説を書きたいと思いました。やっと官能小説を書く意味ができました。

ーーー江戸を舞台に。

冲方:日本の性風俗を調べると面白くて、ハレとケガレの世界です。小説に出てくる緊縛もですが、元々は罪人から罪を払う意味がありました。縄で肉体は決して傷つけず見栄えを良くして罪だけを払う。何かを浄化するための刑罰だったんです。

当時、市中引き回しは、罪人だからと見すぼらしく引回すと、市民からブーイングが出るため、縄や衣服が乱れると慌てて引き返し綺麗に結び直していたそうです。

そして、刑罰の対象になったのが男女の恋愛です。江戸の社会は「お家(いえ)」が最重要。お家の大前提として、勝手な結婚、勝手な心中は最大のタブーです。

だた、子供はすぐに死んでしまうので生殖自体は尊んでいた。でも跡目を継ぐ人間が勝手な恋愛をすると、勝手なところに財産が継承され財産が分散されてしまう。「たわけ者」という言葉がありますが、「たわけ」とは「田を分ける」が語源です。子供全員に田を分けると細分化され一人ひとりが食べれなくなるという意味です。だから、当時は、財産を一極集中させ、生を崇め奉ることのバランスを保っていたんです。

Seina Takai, To Ubukata, XY
撮影:常盤武彦

中身が男な女性にはなりたくない

ーーーコラボレーションはどのような経緯で?

冲方:高崎さんの下着に対するお話が興味深かったんです。日本女性は自己表現が下手で、肉体的表現も隠す傾向にあるため、余計に目立ってコンプレックスになってしまうと。そういった悪循環を下着で解放したいというお話でしたよね。

高崎聖渚(以下、高崎):そうですね。日本女性はセックスアピールもですが、自分の人生をどう歩むかを考えるのが下手です。それを下着というツールを提案することで変えていきたいと思っています。

冲方:肌に身につける距離感が非常に新鮮でした。男は、腕時計、車、家、スーツなど、鎧うことを考えます。人が目につく部分に身につけることで自分を上げていくんですよね。

高崎:私はパリで下着作りを学んだんですが、下着を作るプロセスって男性のテーラードに似ているんです。見えない手間がかかっていて、その感覚って男性的です。江戸の男性もそうですよね。羽織の内側にとても上等な生地を使ったり、見えない部分を派手にしたり。

冲方:隠し秘めていた。江戸時代は、身分制度が発達し、戦争がなくなり、みんな欲求不満だった。もしかすると、そこが今の女性と似ているかもしれない。

高崎:そうかもしれないですね。私は28歳ですが、ちょうど成人した頃は女性の社会進出が進み、「草食系男子」や「肉食系女子」というワードが出ていました。

その時に、女性だけど中身が男性になっている年上の女性も多く見かけて。それが良い悪いではなく、私はそうなりたくないと思ってしまった。

冲方:男性社会に適応するためですよね。

高崎:そうなんです。男性社会に適応しようとする女性がすごく多かった。でも30手前の世代からすると、それってどうなんだろう?って。今はその過渡期ですよね。イクメンという言葉が生まれ、パパもママも平等に子育てに参加する。男だから、女だからじゃない部分が、少し社会に見え隠れしている。

だからこそ、そんな時代に何を作り、どんなアプローチができるかを考えていたので、男性が書いた官能小説とのタイアップは素直に面白いと思いました。

Seina Takai, To Ubukata, XY撮影:常盤武彦

 

官能という名の社会学だった

 高崎:小説を拝読しましたが、ハレとケ、彼岸と此岸、生きることと死ぬことがすごく強烈に描かれていて、官能小説というより文化的な本という印象でした。

冲方:官能小説は社会的なタブーが浮かび上がる物語だと思っています。なぜ人間はタブーに快感を求めるのか。そこには自己実現があったり、そもそも肉体的な欲求をタブー視することで文明が成り立つ部分もある。

僕は、そのタブーが解放されてしまったときのカオスと、それが収束していくときに支払わなければならない代償がドラマチックで好きなんです。

でも、人間全員がその快感を求めると大変なので、それを文明化し、そのイメージを自分に投影することで一瞬だけハレを味わう。それが平和な官能です。縛られはするけれど、必ずしもその後に首をはねられない官能。

Seina Takai, To Ubukata, XY撮影:常盤武彦

高崎:この小説は官能小説じゃなくて、官能のふりした社会学ですよね。

冲方:それが僕の中での官能小説です。個人の欲求は、社会との付き合いの中でしか解消できない。社会における最小単位は二人です。でも、日本人は自分を守るために一人を選び、自らコミュニケーションを無くしている。

高崎:自分自身を守って生きていかないといけないという考えですよね。

冲方:でも、本来はこの人とはいいけど、この人は嫌だと選択すればいいだけですよね。あとは、男女関係において、一度関係を持ってしまうと中古品という考えもある。当たり前ですが人間の肉体が中古になるわけがない。処女か処女じゃないか、童貞か童貞じゃないかもそう。

高崎:よく問題になっていますよね。

冲方:あれは昔のお家制度の名残ですよね。相続時にすでに性経験があると本当にその人の子供か確証が持てなくなると。今は時代が違います。

でも大半の人は、色んな時代の色んな考えがごちゃ混ぜになったものを、なんとなくこれが正しいと思っているんです。倫理観・道徳観もそう。そこに対応しようとすると性観念はどんどん歪んでいく。だから、あらゆるところに矛盾があるんですよね。

高崎:それでいうと今、男女平等、男女格差も話題になっていますが、私はそれ自体がナンセンスだと思っています。一人間として捉えないといけないのに、男と女に置き換えるから、性も、結婚や社会も歪むんじゃないかなと。

冲方:パーソナリティ教育がないんですよね。社会は、いろいろな人が混ざり合って成り立たなきゃいけない。そのバランスが崩れると、おかしな社会が生まれ、個人を充足させないと社会が歪む。

欲求不満になると欲求不満なのは社会が与えてくれないからと、自分の責任を社会のせいにしたり。性の歪みはそれですよね。

でも社会が性を規定できるのは一部です。それに、社会から与えられるものって実はそんなに信用できない。だから自分で常に吟味して、自分の倫理を立てなきゃいけない。結局、根拠って自己の感覚でしかないんです。五感で感じなきゃいけない。

高崎:そうですよね。でも日本人は「こうしたい」と選ぶのが下手だから、常に社会的なものを見てしまうんですよね。

Seina Takai, To Ubukata, XY撮影:常盤武彦

両者の対談で見えてきたのは、日本人のコミュニケーション下手と個人の価値観で選択できない社会性。

社会の中でしか満たされない個人の欲求。でも社会の価値観はいい加減。本当に信頼すべき自身の感覚を取り戻すにはどうすればいいのか?後編では、自分の価値観に向き合う方法を聞いた。

 

・「破蕾

冲方丁、初の江戸官能小説。狂気と艶美の悦びが、許されざる逢瀬に興じる男女の胸を焦がす――。

旗本の屋敷を訪ねたお咲。待ち受けていたのは、ある女に言い渡された「市中引廻し」を身代わりで受けるという恐ろしい話であった。当初は羞恥に苛まれるお咲だったが、徐々に精神の箍が外れていく……。(「咲乱れ引廻しの花道」)夫の殺害を企てるも不首尾に終わり、牢に囚われた女。いかにも嫣然とした高貴な血筋の女。名は、芳乃と言った。「わたくしの香りをお聞きください」芳乃はぽつりぽつりと身の上を話し出す。(「香華灯明、地獄の道連れ」)。
書き下ろし新作『別式女、追腹始末』も収録。

作家:冲方丁
出版社:講談社
発売日:2018年7月31日(火)発売
価格:1,650円(税別)
https://amzn.to/2P6zvb4

・Albâge lingerie

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ランジェリーブランド。欧州のレースやストレッチ素材を使用し、日本人の身体に合った色味やデザインで、センシュアルでコンテンポラリーなデザインが特徴。「LIFE&SEX」をコンセプトに、性差を超えて人間同士の営みを応援する=コミュニケーションの彩りをサポートする。
http://www.albage.jp/