「だって誰も教えてくれなかったもの」ゲイ弁護士カップルのドキュメンタリー「愛と法」が描く家族のカタチ

「人間の豊かさを伝えたかった」戸田ひかる監督インタビュー
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ゲイの弁護士夫夫を追ったドキュメンタリー映画「愛と法」が9月22日からシネリーブル梅田、同月29日(土)からは渋谷ユーロスペースで公開された。

aitohou_sub8左:南和行さん 右:吉田昌史さん (C)Nanmori Films

主人公は、大阪で「なんもり法律事務所」を開業しているカズ(南和行)とフミ(吉田昌史)。彼らの元には、戸籍を持てないでいる無戸籍者と呼ばれる人や、君が代不起立で処分された教師、女性器を模ったアート作品が「わいせつ物陳列罪」などの罪に問われたろくでなし子さんなど、社会的にマイノリティと呼ばれる人たちが相談に訪れる。

aitohou_sub1依頼人の一人である、ろくでなし子さん (C)Nanmori Films

本作は二人のリアルな日常を通じて、家族のかたち、そして、社会の歪んだ構造を映し出す。

なんだか、こう書くとすごく難しい作品のようにも感じてしまうかもしれないが、本作は笑って泣いて、そして鑑賞後には、すーっと胸があったかくなる不思議なドキュメンタリーだった。この柔らかさはなんだろう。

「日本社会には矛盾も感じる。でもこの作品では“日本人”じゃなくて”個人”の豊かさを届けたかった」

戸田ひかる監督に話を聞いた。

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戸田ひかる監督/Laundrygirl

10歳からオランダで育ち、常に日本女性、アジア女性としてマイノリティに見られてきたという彼女。日本人以上に日本人だと自覚せざるを得ない環境で、「私は私なのになぜ一括りにされるのか?」そのことへの反発もあり大学では社会心理学、映像人類学を学んだ。

卒業後はロンドンを拠点にリサーチ映像を始めとした世界各国の映像作品を制作していた。

「自分の意見を主張するよりも、なぜそうなっているかを知りたい気持ちが強いからリサーチ映像は性分に合っている」。そんな彼女が初ドキュメンタリー作品を手がけることになったのは、大阪の弁護士夫夫との出会いがきっかけだった。

カメラの前でも常にオープンだったという南さんと吉田さん。人として、カップルとして弱さもダメな部分も受け入れあう二人に、彼女は人間の温かさを感じた。そして、そんな弁護士夫夫の元にはどんな人が集まり、そこに二人がどう寄り添うかを知りたいと撮影を決意した。

「弁護士は見えづらい職業。そして、そこに集まる悩みや想いは、普段は人に見せない一番人間くさい本心や柔らかい部分。日本は建前の社会で自分をさらけ出さないと言われているからこそ、何かが見えてくるんじゃないかと思いました」

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(C)Nanmori Films

2014年10月、彼女は22年ぶりに日本に帰国。彼らが住む大阪へ移住し、イギリス人のカメラマンと二人で彼らの撮影をスタートした。制作期間は3年。

カメラが密着するというのはどんな人でも苦痛を伴う。ましてや、弁護士という職であれば依頼人を守ることが大前提。結果的に撮影できる部分は限られていた。テーマも決めず撮れる部分を撮っていくと自然とこの形になった。

自主制作映画は、この先どこで公開されるかどうかもわからない。そんな不確定要素が多い撮影に協力してくれた人たちは皆「悪いことをしていないのになぜ咎められるの?」と行政や国を相手に戦っている人たちだ。

LGBTQ、無戸籍問題など、彼らは、社会的にマイノリティであるがゆえに、自分たちの存在を知ってもらうことの意味を痛感している。そして、これは一人の問題ではない、知ることで人は変わると信じ活動をしている。撮影を続けながら、知りたいというだけではない、彼らの想いも伝える責任が彼女に生まれた。

「ドキュメンタリー映画は実在する人たちのお話です。辛い部分もさらけ出してもみんなが理解し、好意的に観てくれるわけではありません。自分や周りの人が傷ついてしまうかもしれない恐怖も彼らにはあると思います。

映画が完成し評価されても、彼らの人生が止まるわけでも、彼らの気持ちが解消されるわけでもない。作り手として、その感情とどう向き合うかは考え続けなければならないと思っています」

「空気を読む」って本当は美しいこと

ずっとヨーロッパに住んでいた彼女は、思っていることをストレートに伝える。日本的な文化を知らずに育った彼女は、22年ぶりに帰ってきた日本でもアウトサイダーだ。でも彼女が移住し、初めて住んだ大阪は優しかった。

「めっちゃいい人たちばかりで本当に大阪が好き!頼んでなくても協力してくれる人もいた。繋がりでこの作品はできてます」

取材中、彼女は何度もこの言葉を口にした。

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Laundrygirl

外からその国を覗き込むと、「これはなんで?」とそこで生活している人には見えないものが見えてくる。ずっと自分のルーツがない国で育ってきた彼女は「なぜ?」と分析してしまう癖がある。だから本作では、日本の美しさも、窮屈さも、日本人が当たり前にしていて気づかない部分が切りとられている。

日本人の「空気を読め」もその一つ。同調圧力というダメな社会性として取り上げられることも多いが、議論をし合う国で育った彼女から見ると美しくも感じる。

「空気を読むことは本来美しいことですよね。相手の気持ちを考えるのは人としてすごく素敵です。言語もそうですが、英語やオランダ語は機能性を重視し、目的を伝えるのが得意な言語で、日本語は人の気持ちの描写やニュアンスを、もっと立体的で流動的に伝えられる言葉。

どうすれば相手が傷つかない表現になるのか、それができるのは日本だからこそ。だから、空気を読むことが悪いんじゃなく、空気を読めよという余裕がない社会への反感。美しいコンセプトがみんなを苦しめるようになってしまったのは社会の問題ですよね

議論をすればいいというわけではない。言いあっても伝わらないこともある。それを痛感しているのは劇中の主人公たちだけでなく、彼女自身もそうなのかもしれない。だからだろうか、本作には、議論だけじゃない、心をホッとさせてくれる笑いや余白がある。

「この作品は確かに私の視点や解釈で捉えた問題提起ですが、答えはないんです。答えは人それぞれにある。普段出会わない人の気持ちを知ってもらう機会になれればいい。あなたは間違ってる、私が正しいと言うだけのスタンスでは伝えたいことも届かないと思っています

私たちは地続きで繋がっている

試写させていただいた作品には、日本の均質国家を示す数字として「人口の98.5%を日本人が占める」というテロップがあったが、公開時に彼女はその数字を消した。国連など各所から寄せ集めた数字だったが正確な数値がわからなかった。そもそも日本の統計局ではデータをとっていない。多様な民族や多様な人たちで成り立っているという意識の無さの表れだとも感じたという。

「日本には多様性があるのに、それを見えないようにしているのは社会の余裕のなさや、政治的な背景もあると思う。でも、この作品はその政治的問題を伝えたいわけじゃない。一人一人のストーリーなんです。一見バラバラに見えるリアルのつながりを見せたかった」

私たちはみんな地続きでそれぞれの現実が繋がっています。法律に向き合う彼らを通して、多くの問題が根っこで繋がっていると感じてもらいたい。そして、どの問題も、自由や権利、愛情、優しさという普遍的な価値観にたどりつくんです

知らない人のことを誰も責めれない

「法律は世の中を変えていけると思っているし、信頼できないと思いながらも期待しているから悲しい」吉田弁護士が劇中に発した一言。自分が日々向き合っているものを信頼できない辛さ。でも、傷つきながらも前に進もうとしている姿が集約されている。

「弁護士は人と向き合う仕事です。法律だけじゃどうにもならない。法律のせいで権利が奪われている人がいる。どうしてみんなが守られる法律になっていないのか、彼らは裁判を通して活動しています。法律を扱う人の温もりや優しさを大切にしていかなければ、法律は凶器にもなってしまう」

そして、この作品の「優しさ」を象徴する人が、主人公である南弁護士の母であるヤヱさんだ。
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息子夫夫の弁護士事務所で働く南さんの母ヤヱさん (C)Nanmori Films

南さんは自身がゲイであるとヤヱさんにカミングアウトした際に、それは治らないのか?と泣きながら伝えてきたヤヱさんを責めた。でもヤヱさんは言った、「だって誰も教えてくれなかった。知らないもの。初めて聞いたもの」。彼は気づかされた「知らない人たちのことは誰も責められない」と。

そう私たちは知らないのだ。でも伝え続けるしかない。二人の親子はぶつかりながらも受け入れあった。今も、ヤヱさんは、時折喧嘩をしながら息子夫夫が営む弁護士事務所で働いているという。戸田さんは、二人を振り返る。

「教えてくれることはありがたいことですよね。でも、違う立場の人から教わるって難しいし、知ることで傷つくかもしれない。だから、みんな見て見ぬ振りをしてしまう。

受け入れる勇気がヤヱさんにはあった。自分が今まで知らなかった、思い描いてきた現状とは全く異なることを息子から教わった時、彼を知ろうと思うスタンスでいられた。それこそが人間の豊かさですよね」

伝わらなくても、伝えつづけること

主人公の二人の元には、居場所を失ったカズマがやってくる。二人の周りには家族のカタチに捉われない受け入れあう家族のカタチがある。

本作は、各国の映画祭にも招待上映され、香港国際映画祭では最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しているが「日本はこうだというガイドブックみたいな作品じゃなく“人”を見せたかった」と彼女はいう。

「海外で上映すると文化は違えど、受け入れ合うこと、そして家族の平和という普遍的な繋がりをみんな求めていると感じました」

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主人公二人と彼らの家族たち (C)Nanmori Films

最後に、このニュアンスを海外字幕にするのは大変だったんじゃないか?と尋ねると、「もーーー本当に大変でしたよ!」とカフェに響き渡る声で答えてから、こう続けた。

「でも言葉だけで伝えようとはしていません。彼らの表情や空気から汲み取って欲しい。ただ、弁護士は言葉を扱う仕事なので、言葉の重さは伝えたかった。でも、やっぱり伝わらない部分があるけど、それは仕方ない。どんな言葉で伝えようとしても、全ては伝わらないし、勘違いもすれ違いもある。

伝わらないとわかっていても、伝えようとするかどうかです。それを彼らも、彼らの依頼者もしている。彼らが言う“信頼していないけど期待する”ってそういうことですよね」

「愛と法」
http://aitohou-movie.com
9月22日〜 シネリーブル・梅田(大阪)
9月29日〜 ユーロスペース(東京)
監督:戸田ひかる