目の前に置かれた変哲もない大根。しかし、ひとたび触ると「そこ~ん」「いや~ん」「Yes~」など卑猥な喘ぎ声が鳴り響く。
この「あえぐ大根」をはじめ、ソフトバンクのロボット「Pepper」の胸部に設置されたディスプレイに「おっぱい」を表示してセクハラできる「ペッパイちゃん」を世に送り出したのはアーティスト、市原えつこさん。今回の「性とアート」では市原さんに迫ります。
市原さんは、1988年愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系に進み、学生時代より日本特有のカルチャーとテクノロジーを掛け合わせたデバイスやインスタレーション、パフォーマンス作品を制作してきました。
主な作品には、冒頭でも紹介した大根が艶かしく喘ぐデバイス「セクハラ・インターフェース」や「ペッパイちゃん」に加え、虚構の美女と触れ合えるシステム 「妄想と現実を代替するシステムSRxSI」、脳波で祈祷できる神社「@micoWal」などがあります。また、2014年には「妄想と現実を代替するシ ステムSRxSI」で文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品に選出されています。
それでは、見た人が思わず「え・・・これ何!???」と色んな意味で思わず笑ったり、考えてしまう作品を手がける市原さんの頭の中を覗いてみましょう。
喘ぐ大根が未来を変える!──「セクハラ・インターフェース」開発者インタビュー
おっぱいロボ爆誕 ソフトバンクPepperにセクハラする市原えつこさんが天才すぎて腹筋壊れた – 週刊アスキー
「現代社会の中で隠蔽されている対象、『公然の秘密』のようなものに興味があります。」
―――今日はよろしくお願いします。では、はじめに市原さんが作品づくりをはじめたきっかけを教えてください。
小さいころから絵を描くのが好きな子供でした。高校生の頃は油絵を描いたり音楽系のイベントでライブペインティングしたりしてました。父親がバリバリの理系だった影響で、コンピューターには小さい頃から慣れ親しんでいました。
美大に進もうと悩んだ時期もありましたが、結果的には美大には進学せず、早稲田大学文化構想学部に入学しました。その後、造形以外で作品を生み出す手段を 探るため、DTP(Desktop publishing)を手がけたり、映像を制作したり、コピーを書いたりしていました。最終的には、インタラクティブアートや電子工作の世界に面白さを 感じて、この世界に足を踏み入れました。
―――色んな方面で試してみてたんですね。たしか、市原さんコピーライター講座も受けていたような。広告業界にも興味があったんですか?
はい。私は文系大学生でしたが、モノづくりに関わりたいと思ってたので、広告業界のプランナーやコピーライターがそれに該当するかな?と思って興味を持っていました。学生の頃、短い映像やCMのようなものを作ったりして、それも面白かったので。
でも結局はIT企業のUIデザイナーの仕事につきました。テクノロジーと近いところに身を置けた点では良かったです(笑)
講座を受けた経験自体は今の活動にも活かされてて、作品のネーミングをつけるときに、なるべくキャッチーな言葉選びをするように自然に意識できるようになりました(セクハラインターフェースとかペッパイちゃんとか)。
言葉遊びの楽しさは、コピーライティング講座で知った気がします。あと、作品でパノラマ動画のコンテンツを監督したり、作品のデモ映像を自前でつくったりするのにCMの授業で文字コンテや絵コンテを書く練習をしたのは役立っています。
―――え、市原さんってIT企業にお勤めなんですね。ちょっと意外です。それこそ、UIデザインにアーティストとしての創作活動の経験も活かされそうですね。きっと自由な環境の会社なんですね
一社しか経験していないので自由な環境なのかはわかりませんが、個人で展開する活動について、会社に迷惑がかかったり業務に支障が出ない限りにおいては特に規制はされていません。個人的に著書を発刊している方も、独自技術で個人事業を手がけている人もいますし。
―――続いて作品についてお話伺いたいのですが、作品制作においてこだわっている点などありますか?
専門家にしか伝わらない、難解な文脈を前提とする作品は作らないようにしているかもしれません。多くの人に届くように、ポップに翻訳することを意識しています。あと、何かしら人の感情を動かすものを制作したいと思っています。
セクハラインターフェースPV
―――これまでの作品を通して追及しているテーマや追求していきたいテーマがあれば教えてください。
現代社会の中で隠蔽されている対象、「公然の秘密」のようなものに興味があります。「性」もそうですが、ホームレスの方々が空間管理によって排除されてい ること、社会格差、監視社会、死、宗教、といったものにも関心があります。人間の生物としての根源的な欲望が、その時代の社会環境や常識、テクノロジーの 中でどう形を変えて存在したり排除されたりしているのかというところに興味を持っています。
―――たしかに、これまでの作品を拝見すると、「性」に紐づくものも多いですよね。このテーマを題材としたきっかけは何かあったのでしょうか?
大学生の頃に日本の性器崇拝の文化に触れたり、秘宝館に行って「なんじゃこりゃー!!」と衝撃を受けたりしたのがきっかけです。あと、映像を作ったりコ ピーライティングの学校にいったりしていたのですが、評価される作品や企画がなぜかエロばかりで、なぜかよくわからないものの自分は性表現が得意らしい、 と気づいてしまいました。
ただ個人的には、最近、性に対する創作意欲が薄れてきています(笑)というのも、エロ以上にユニバーサルなテーマが「死」だと思っていて。あらゆる生物に訪れるものという意味でも、この世界の真実がここに詰まっている気がしてワクワクしています。
「ロジカルに説明できる類じゃなくて、極めて個人的、感覚的なトピックなんですよね。性。でも、みんなすごく興味があるっていう。」
―――なるほど。市原さんは、AVやアダルト商材などのエロも含め、もともと「性」に関心があったのでしょうか?
いえ、どちらかといえば生々しいエロは苦手な方でした。でも、中学生の頃はインターネットのくだらない下ネタが大好きだった気がします。中学生男子みたいな明るくてくだらない、妄想だらけの下ネタが好きです。
―――たしかに「中学生男子みたいな下ネタ」感わかる気がします。市原さんの作品を見た人たちに言われて嬉しかったことや辛かったことがあれば教えてください。
嬉しかった言葉はいろいろあるのでしぼれないのですが、「喘ぐ大根に感動して農家になった」という方とご対面したときは感動しました。どうしてそうなっ た、とびっくりしましたが(笑)。ペッパイちゃんは、あれを見て心から未来を感じて感動してくれた人がいて、嬉しかったです。
辛かったことは、MIT副所長の石井裕先生に「喘ぐ大根」を体験いただいたとき「これはサイエンスでもアートでもない」とバッサリ切り捨てられたことですね。まったく反論できませんでした、でも、その経験がその後の制作活動のモチベーションに繋がりました。
――― 「性」をモチーフとした作品は「エロ」と関連づけて語られることも多いように思います。アートとエロの境界線や、“わいせつ”との区分も非常にあいまいか なと。一方で、かなまら祭りなど信仰における表現においては問題なかったりもしますよね。市原さんから見て、どのように感じますか?
そういうグレーゾーンで、人それぞれの個人的な規範意識に接触するものだからこそ面白いと思っています。自分も炎上や出展禁止など痛い目を見ることも多いですが、それらをひっくるめて社会のあり方や個人の意識を反映している気がして、興味深いです。
ロジカルに説明できる類じゃなくて、極めて個人的、感覚的なトピックなんですよね。性。でも、みんなすごく興味があるっていう。
―――この活動を通して「将来こうしたい」というものはありますか?
どうしたいんだろう(笑)まだまだ未熟ですが、文化人類学的な考察と、テクノロジーと、アートが融合するような作品を作れるようになりたいなとがんばって います。あと、世の中で隠蔽されているものを明るみに出すことで、私たちの中にある偏見や思い込みを解き放ちたいと思っています。
個人的には作品が巨額なビジネスになったりしたら面白いです。こんなことで稼げるのかよ、みたいなバカバカしいお金の稼ぎ方をしてみたい。
―――バカバカしいお金の稼ぎ方いいですね。好きなアーティストや写真家などいらっしゃいましたら教えて下さい。
メディアアーティストだとスプツニ子!さんやOpen Reel Ensemble。写真家だと都築響一さん、画家、思想家だと坂口恭平さん。若手の映像作家だとししやまざきさん。演劇だと遊園地再生事業団、チェルフィッチュです。
スプツニ子!「ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩」
YUKI 『好きってなんだろう・・・涙』Music Video /Short Ver. Director: ShiShi Yamazaki
都築 響一 (著) TOKYO STYLE
―――そして最後にひとつ聞きたいのですが、市原さんの制作活動についてご家族は・・・・?
「よくわからないことをやってるけど、応援してるからね」とのことです。
———市原さん、ありがとうございました。今後の作品も楽しみにしています!
市原さんによると、次回作のテーマとしては「魔術や信仰」なども考えているとのこと。どんな作品になるのか楽しみですね。