「遊郭文化をホルマリン漬けにしない」たった一人で「カストリ出版」を立ち上げた理由

遊郭専門出版「カストリ出版」代表・渡辺豪さんにお話をききました。IT企業で働いていた渡辺さんが出版社を立ち上げ、遊郭を追いつづける理由とは?
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93日に日本史上最大の遊郭「吉原」に遊郭専門書店「カストリ書房」がオープンしました。遊郭といえば男が遊女と夜を営む場。そう考えると女性は敬遠しそうですが、いま遊郭文化に熱い視線を送っているのは女性だと言います。

今回は、遊郭専門出版社「カストリ出版」の代表・渡辺豪さんにお話を聞きました。もともとIT企業でアプリ制作などの現場や総務などバックオフィス業務に携わっていたという渡辺さん。そんな彼が一体なぜ「カストリ出版」「カストリ書房」を立ち上げたのでしょうか?それではカストリ書房を覗いてみましょう。

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カストリ出版代表・渡辺豪さん。遊郭専門出版社と聞いてお年を召した方だと思っていたのですが、オシャレな男性でした。

 

「性欲」「金欲」しかない場所から生まれる美しさがある

———カストリ出版を立ち上げたきっかけは?

もともと遊郭が好きで、仕事の傍ら2年間で300カ所くらいのペースで遊郭の調査や写真を撮っていたんです。その時撮影した写真を写真集として出版したのがはじまりです。

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渡辺さんが手がけた遊郭の写真集。250カ所の遊郭が収められている。10万円という価格設定だが売れているという。


———2年で300ヶ所!?すごいペースですね。

建物自体がどんどん取り壊されていくので今のうちに景色だけでも残しておかなきゃと思い、写真集を作りました。

———遊郭の写真って撮影させてもらえるものなんですか?

 確かに建物の中まで撮影している写真集は珍しいかもしれません。遊郭と言っても今は営業していないですし、一般の方々が住んでいる場所なので直接交渉に伺いました。

 大抵は「あんた若いのに遊郭なんて知りたいの?こんなとこ撮影して意味あるの?」と不思議がられましたが、結局は人と人のつながりなので「遊郭が好きなんです」とまっすぐ伝えれば理解してもらえましたね。

 ———それがはじまりで出版社を?

 遊郭のことを調べているうちに国会図書館にも置いてないような貴重な資料があることがわかったんです。それが古書店だと1冊10万以上の価格がついています。

 そのような文献に興味はあっても1冊に数十万を払える人ってそういないですよね。だから20分の1、10分の1の金額にして復刻すれば喜んでもらえるんじゃないかなと。

 それに今まで遊郭文化に特化した出版社はなかったですし、今は個人で製作・販売できる幅も広がっているので出版事業を始めました。

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———実際に復刻版は好評ですか?

 カストリ出版が復刻した「全国女性街ガイド」もこのサイズで5000円だと高く見えるかもしれませんが、原本と比べると安いんです。結果的に書籍は好評で、2015年に会社を辞めてカストリ出版を専業にしました。

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「全国女性街ガイド」1冊5,000円。全て原本から手で打ち直しテキスト化しているとのことで復刻までに半年かかった書籍もあるとか。


———そこまで遊郭に興味をもつきっかけって何だったんですか?

特にきっかけはないです。別に遊郭に通っていたわけでも、実家が遊郭をしていたわけでもなく、気づいたら好きになっていたんですよね。

ただ「遊郭」が好きな理由はある程度はっきりしています。若い世代の「遊郭」のイメージって「花魁」や「さくらん」など華やかなイメージですよね。でも、突き詰めていくと遊郭って人間の「性欲」と「金欲」が占める場所なんです。それなのに、私たちはなぜか美しいと感じてしまう。

そういう人間の欲をベースとした、ドロドロしたものから生まれてくる美しさや文化って面白いし、惹かれてしまうんですよね。

情報を入れる「器」は時代に合わせて変えていけばいい

———カストリ出版は何名で運営されてるんですか?

僕一人です。基本的には企画、取材、編集、デザインも全部自分でやってます。

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取材・編集・デザインから商品発送もご自身でされています。


———お一人なんですか・・・?カストリ出版は自費出版ですよね

 そうですね。今は取次を通さず、ネット販売と書店との直接契約で販売しています。取次を通さない理由は特にないんですが、今は「STORES.jp」や「BASE」といったインスタントECなど流通の手段がふえているので、だったら既存の出版社を後追いするより、まずは自分が学んできたITの知識を生かして売ったほうが有利だし、引いてはお客様に喜んでもらえるのではないかなと思っています。

 ———あえて紙で出版している理由は?

 まだまだデジタルベースだとマネタイズしにくい状況なので、本というパッケージにしたほうが売りやすいなと。必ずしもネットリテラシーが高い方ばかりとは限らないので、ネットでアカウント登録してどうこうするよりも、本を1冊買ってくださいという方が買い手にもわかりやすいんですよね。

 ただ情報を入れる器は時代に合わせて変えていけばいいだけなので、今後電子書籍が伸びるようであればその形にすればいいと思っています。なので既存の本というパッケージングに対する執着は一切ありません。「紙の手触り」といった価値観に縛られたくないと思ってるんです。

 ———とはいえ、どの書籍もデザインがすごく可愛いですよね。

 もちろん作るからにはきちんとしたものを届けたいと思っています。出版している書籍は“作品”ではなく“商品”なんです。だから自分がこだわって気にいるものを作るんじゃなくて、お客様が手に取った時に喜んでもらえるものになっているかどうかをデザインにも落とし込んでいます。 

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「全国遊郭案内」女性も手に取りやすいレトロなデザイン


女性に人気!?“昭和レトロエロ遺産”サブカルチャーになっている

———購入しているのはどのような方が多いんですか?

当時を懐かしんで買う人が多いと思われがちですが、購入している方の半分は20代、30代の女性です。

オープン後も女性が多く来店しているようです。

———女性が半数も?積極的な女性が増えているんですかね。

 7月に京都でトークショーをした際も20代、30代前半の女性が半数以上でした。今こういう情報を求めているのは女性なんですよね。

 今まではこの手の話題は言えない人が多かったと思います。でも今はラブホでさえも“昭和レトロエロ遺産”みたいな感じで、若い人が「面白いもの」として扱えるようになり、自分の興味を素直に話せるようになっています。女性の中でサブカルチャーの一つのようになっているようなんですよね。

 もちろん男性も性文化に興味はあるんでしょうが、今の男性は綺麗になりすぎていますよね。男性同士でも性的な話をするのが嫌だという人も多いです。

 男性が本来持っていた本能が薄れているというのもありますが、知的欲求をくすぐるものに対してもあまり触手を伸ばさなくなってるのではないか?と少し思います。

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カストリ出版で取り扱っていた女性が作った「スケベ椅子」モチーフのブックマーク。
「このセンスは女性ならではですよね。」(渡辺さん)


———なぜ吉原に店舗を構えることにしたんですか?

 遊郭の場所ということもありますが、普段来る機会がない場所だからこそ女性もこれを機会に来てくれるんじゃないかなと。あと、カストリ書房は書店と編集場を兼ねています。吉原は平日にほとんど人がいないので編集作業に集中できるのもいいなと思っています。

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7畳の店内には編集作業をするための机も。


———吉原で店舗を借りるのは大変だったのでは?

 実は遊郭の撮影や調査をしている時に2年ほど吉原に住んでいたんです。

 その時にも物件を探したんですが、いわゆる風俗街ということのためか、不動産屋で扱っている物件はとても少なかったです。でも住んでみるとソープ街とは言っても24時でお店は閉まるし、怖い人に絡まれたこともないです。むしろ住んでいる方は年配の方が多いので、同じ歓楽街・盛り場である渋谷、新宿などよりも静かで住みやすいと思えたんです。

 その際に、吉原には誰も住んでない物件が多いと知り、地元の方や町内会長さんに直接交渉して20年ほど前までは靴工場だったこの店舗を紹介いただきました。

吉原に限らず、知らない人間が地元でよく分からないお店をするって聞くと誰だって警戒すると思うんですよね。そうならないようにきちんと地元の方に仁義を切って交渉した結果、店舗を借りられたんだと思います。

 

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遊郭文化をホルマリン漬けにはしたくない

———今後の展望を教えてください

 「カストリ書房」としては著者をお招きしてトークイベントや販売会など、座学に収まらない特別な体験を提供したいと考えています。あとは、せっかくなので一人でするのではなく、このような文化に関心のある人たちと一緒に交流できる場を作りたいですね。

 「カストリ出版」としては、玄人の方が喜ぶような書籍も出しますが、何も知らない若い世代にも伝わるような裾野が広い書籍を作っていきたいです。

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「昭和エロ本描き文字コレクション」では画像は一切使用せず文字だけでエロ本の面白さを表現。画像がない分開きやすい。

 

———オリンピック開催などで、今後さらにこのような建物がなくなっていくのではないかと思いますが、そこに対しての想いはありますか?

個人的には無くなっていくのは寂しいとは思います。ただ、人が住んでいる場所なので「僕は遊郭が好きだから残してください」的なことを言う話ではないですよね。それに必要がなくなってしまった産業は無くなっていくしかないと思います。

ただそのような場所が無くなっていくのは仕方ないと思いますが、きちんと其処にあったという事実は記録として残しておくべきだと思っているのでこのような活動をしています。

 ———活動を通して遊郭の文化をカタチに残していくと

そうですね。文化の研究も楽しいですが、自分なりに夢中になって追いかけてきたテーマですし、価値があるものだと思っているので自分なりにきちんと経済活動に結び付けたいですね。

 そのために、お客様の喜ぶモノに落とし込んでお金を頂き、次に作るものの資金にして回していくということが大事だと思っています。

 「古き良き文化」、「江戸情緒」という言葉は耳障りが良いですが、言葉だけでは結局何も残らないんですよね。過去のものではあるんですが、過去のものとしてホルマリン漬けにするんじゃなくて、今の若い人たちに伝わるカタチにして提供し続けたいですね。

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ーーー渡辺さん、ありがとうございました!

 日本独自の性文化である「遊郭」。時代が変わり価値観も変容する中で、受け手に届く最適な形を模索しながら「生きた文化」として発信しつづける渡辺さん。これからの活動が楽しみですね!

なおカストリ書房では、今後様々なアーティストやクリエイターの方と一緒にトークイベントや販売会を行うとのことですので「一緒に何かしてみたい!」という方がいらっしゃれば一度「カストリ書房」を覗いてみてはいかがでしょうか?

【カストリ書房】
店名:カストリ書房
住所:東京都台東区千束4丁目11番地12号(旧伏見通り)
営業時間:10時〜20時
定休日:毎週月・火
http://kastoripub.blogspot.jp